菅江真澄遊覧記〈第3〉 (1967年) (東洋文庫)
菅江 真澄 / 本
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菅江真澄遊覧記〈第3〉 (1967年) (東洋文庫) の詳細
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タイトル : 菅江真澄遊覧記〈第3〉 (1967年) (東洋文庫)
作者 : 菅江 真澄
発売日1967
カテゴリー本
ファイル名 : 菅江真澄遊覧記-第3-1967年-東洋文庫.pdf
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カテゴリー: 本
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三巻 牧の冬枯/奥の浦うら/牧の朝露/おぶちの牧/奥のてぶり/津軽の奥(一)(二)(三)(四)/すみかの山/外浜奇勝(一)(二)/雪のもろ滝/津軽のをち/津軽のつと/外浜奇勝(三)松前には4年間滞在し、アイヌの言葉や民俗を第二巻で紹介した松前から、下北半島にわたり牧の馬飼の様子などを語る。南部藩の牧の単位は一戸から九戸まで、それぞれ4集落ずつ、36単位で行われており平安時代から天皇や将軍にささげられるほどの名馬が多かったようだ恐山はいまやおどろおどろしい名前となったが、もともとは麓にある宇曾利湖うそりこが由来でうそりざんであった。うそりとはアイヌ語のウショロ入江・湾、あるいはオショロ尻のようなくぼみから由来したがおそれに変わったというここで有名なのが死者の霊との口寄せをするイタコであるが、イタコはアイヌ語のコトバからきている下北半島の後は、第一巻「外ヶ浜づたい」で歩いた青森や弘前に滞在する下北では恐山や牧の話が多かったがすみかの山/外浜奇勝では弘前青森の神社や寺の縁起にかかわる記載が多いような気がするゆきのもろ滝津軽のをち津軽のつとでは東は平内町や浅虫温泉から青森、八甲田山周辺弘前から日本海側に出て北廻船の港である鰺ヶ沢や南に下った深浦、白神山地の北麓にある暗門の滝などを数回にわたり歩き、神社仏閣の縁起や常民生活について描画とともに詳しく記している。残念なのは画の説明がほとんどないことである。津軽においては、本草綱目にも精通し藩医とともに薬草の収集にも努めていた。解説に描かれているが、菅江日記は全巻揃っておらず散逸している。これは菅江があまりにも詳しく各地の地形民俗を描写したために、藩内の情報を他藩、とくに犬猿の仲である南部藩に漏らすことをを危惧され、藩士の検閲を受けたためといわれている。それほどまでに詳細で正確な記述であったことが分かる。津軽での藩医や藩士との付き合いは常民と交流するほど気楽なものでなく、第4巻では菅江は出羽秋田の民俗収集という本来の紀行に戻って行くようだ
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